学生の備忘録なブログ

日々のことを忘れないためのブログです。

葬式の役割

“葬式不要,戒名無用”

これは白洲次郎の言葉で,あまりにも有名であるが,葬式は残された人のためのものでもあるので,一概にはかっこいいとも言えない.

葬式の役割

葬式の役割とはなんだろうか.

当然のことながら葬式とは故人を偲ぶ集まりであり,弔いの儀式であることは間違いないが,それ以外の社会的な機能,役割はなんだろうか.

葬式それ自体をやらない人が増える昨今ではあるが,明確に葬式がもつ役割をネットワークが発達した今の現状に合わせて行うことができてから,葬式をやるやらないを議論するべきではないだろうか.

オンライン葬式

情報空間で葬式を行うことができれば,実際に赴くことなく故人を偲ぶことはできよう.しかし,実物,つまり故人を直接見ることによってしか,得られない体験があるかもしれない.また,一種の同窓会のような役割もあるのかもしれない.

言い方が悪いかもしれないが,同窓会で会社は休めないかもしれない,しかし人の生き死にを出せば,違うのかもしれない.

VRが代替できないもの

2017年はVRが一般市民にも手の届くものになってきた年である.

これにより,人々が同じ情報空間を共有するということが以前よりリアルにかつ簡単にできるようになり,以前よりも高度なオンライン体験をすることが可能となると考えられている.

無意識が得ている情報量

我々人類は社会的動物である.言葉を巧みに操り,文字を使い,コミュニケーションを図る.情報伝達の技術が発達してからは,emailから始まり,今はVRである.

私が感じた問題点と発展

我々は様々な情報を無意識のうちに発信し,受け取っている.たとえば,ボディーランゲージ,視線,姿勢,表情,匂い,これらは言葉を用いない言語=ノンバーバル言語と呼ばれる.

これらの情報をVRによるコミュニケーションにおいて伝えるのは難しい.

特に双方向に情報を発信しあっている状態の場合,つまり皆がVRヘッドセットを付けている場合,かつそれ以外の繊細な表現を伝えられるコントローラーあるいはカメラがない場合は伝達不可能である.

カメラ会議においては

カメラ会議に於いては,カメラが主体であるため,表情,姿勢,視線,などの情報は送られる.しかし,VRヘッドセットはそれらができない.よって,カメラ会議それ自体はVR会議に取って代わられるものではなく,カメラ会議に足りない,言葉にしづらい主観的情報を伝えることが主な目的になると予測される.

まとめ

受信機であり,情報の発信機でもある,目,顔,を隠すことなく,情報空間に入ることができる技術的革新があったときが,人類が情報空間に本当の意味で没入しかつ自由にコミュニケーションを取れるときだと思う.

(匂いを情報としてエンコードし,受け手側がデコードするという悪魔的技術が先か,脳に電極を埋め込み現実を錯覚させるSF技術が生まれるのが先か,どちらにしろわくわくが止まらない)