学生の備忘録なブログ

日々のことを忘れないためのブログです。一日一成果物も目標。技術系はQiitaにあげるように変更しました。

観た映画

海底軍艦

監督:本多猪四郎 円谷作品

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1963年の作品ということもあり、戦争の匂いが全然残っている。戦後の幸せを謳歌する人々と戦争に囚われている古い軍人という構図で古い軍人がお国のためにということを捨て、娘のためひいては世界のために海底軍艦を使って海底のムー国を滅ぼすという内容だ。

若い世代が正しく、古い世代が悪い。物語の立て付けはそうだが、ゴジラと同じく製作者側が戦争を忘れた人々をいけ好かないのだということがわかる。

そのためか物語が進むに連れ、転倒が起きる。

最初、海底に帝国を築き地熱を利用し、レールなく空を飛ぶ電車(あるいはモノレール)など「ムー国人」の強大な力を示し恐怖を煽るシーンが多いのに対し、後半に行くにつれ、その実態がいかに逼迫していてかつ統制の取れていないかが描かれる。

後半で特に意味があると感じたシーンは3つある。 一つはムー国へ轟天号が攻め入ったシーンだ。 部下が指導者へ攻撃被害の報告をすると、ムー国の指導者が「バカな!そんなことがあるか!我々より劣る民族に外から動力室へ行けるはずがない!断じてない!」と言い放つ。その次のシーンで強力な冷凍銃を持った轟天号部隊の攻撃に対し半裸のムー国の兵士がナイフを携えて向かっていくが無残に凍らされる。このシーンは明らかに日本軍をイメージさせるために撮ったシーンである。

もう1つは最後のムー国皇帝が身投げをするシーンだ。

ムー国皇帝は若い成人しているかどうかといった年齢の女性である。言動も強気ではあるがそれ以上のものはない。特に能力があるとは描かれていないし、本当に特別な能力がないのだとわかる。

ムー国が爆破されて以降は一言も発することなく、ただ爆発と沈められるムー国潜水艦を見るだけ、かと思いきや突如走り出す。静止する海兵に対し行かせてやれと命令する神宮寺大佐。甲板を端まで走ったと思った次の瞬間海へと身を投げる。滅びゆくムー国へ泳いで行こうとしているのだ。

これもバンザイクリフ的な表現であり、戦争に囚われている神宮寺大佐がその場でその気持ちを理解してやれる唯一の人間であるということが強調されている。

前半の楠見と神宮寺真琴の「国のためには私情を捨て命まで投げ出す」「国のため?」「愛国心だよ」「愛国心?」「今の若者には理解できんだろうな、愛国心なんて」という会話が思い出される。

これはつまり愛国心があるからこそ皇帝があのような行動をするのであり、神宮寺大佐があのような計画を企てたわけだ強調している。

そして最後が爆弾である。 2つの計器のついた銀色の塊を合体させて設置させてタイマーで爆発する。これはウラン型原爆のオマージュだろう。ウランが臨界を超えないように分解して爆発する前に組み合わせる。爆弾については言及はなかったが、ムー国を爆発させるじゃない威力があるのはそういうものということだろう。

モブサイコ100

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僕のヒーローアカデミア

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デカダンス

めっちゃメタい感じの設定で面白かった。

移動都市もののスチームパンクな世界観とプログラムが意思を持ち、世界を支配しているマトリックス的な世界観が組み合わさっている。

また人の住む世界が上位存在のゲームのなかであるというのもなかなか面白い。でもそんなに目新しい感じではないが、それがマトリックスのような仮想現実ということではなく、実世界の地球の一部に構築された箱庭的なものの中に形成されているというのが新しく感じた。 上位存在のプログラムは有機的な体を操作してゲームに参加するというのは、オルタード・カーボンのスリーブに似た概念であり、マトリックスのスミスが実世界の人間に乗り映るアイデアと同じである。

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