学生の備忘録なブログ

日々のことを忘れないためのブログです。一日一成果物も目標。技術系はQiitaにあげるように変更しました。

Emacsは衰退したそうです.

emacs

読者には関係のない話だが,emacsの設定ファイル(init.el)が560行を突破した.

自分でelispを書いたわけでは無いので,何の自慢にもならない.

設定ファイルを書いている自分の脳内を順序立てる

  1. るびきち氏のサイトを巡回する

  2. 良さそうなのをいくつか見繕う

  3. 入れる.

  4. 使って感動する.

  5. 使い方を忘れる.

こんな感じだ.なんだかな〜

しかし,使ってみなければわからないことだらけだ.

使ってみて,そのようなemacsの拡張に熱心な人のサイトをまわっていると,いろいろと分かってくる.

まず一つに,テキストエディタemacsはオワコンである,ということだ.

これはemacsと双璧をなす,vimを推奨するわけではない.テキストエディタでまともなプロダクトを作る時代は終わり,IDEやブラウザで作る時代に完全に移 行したよ,ということなのだ.

rebuild.fm http://rebuild.fm/54a/

では,「達人プログラマー」が以下に時代錯誤な本になったか,を説いている.

この中で,テキストエディタがオワコンであるということを言っている.

結論は,ツールを一つに絞る,マスターする(vim,emacs,,,etc)のを推奨するのは時代錯誤である.なぜならば,言語ごとに開発環境を変えないとやってられないほど,ツールが最適化され,サポートが高機能になったためである.

テキストエディタが活躍した時代からは考えられない機能をサポートしたIDEが登場している今,一つに絞ることを推奨することはいかがなものか,ということだ.

emacsがオワコンである.

これは私が今日2017/04/08時点で2ヶ月間emacsを拡張して遊んだ経験からも言える.

まず,情報の更新が,量が圧倒的に減少しているのだ.拡張について書いてあるサイトは多くが,2012とか,2013とかが更新日なのだ(るびきち氏はその限りではない.).コミュニティが活発であるならば,そのパッケージの登場時期にかかわらず,紹介するページは更新される.しかし,この一ヶ月様々なサイトを見て回った私の私的な感想は,コミュニティが2000年を更新したあたりから急速に縮小していると言った印象だ.

もう,人々は,あるいは少なくともemacs lispが書けて,パッケージを提供する側にいたクリエイティブな人々は,こっちではなく,あっちに行ってしまったのだ.

これを裏付ける出来事も起きた.

Emacsは衰退しました. http://qiita.com/itckw/items/ff079c7572d6a1acd349

かなり刺激的なタイトルであるが,私的な要点は二つ.

  1. 1,中身が古くなったけど,不可逆な実装の変更ができないかもしれない

  2. 2,そもそも,開発側に人手が足りない.

この二つだ.

衰退,と言う言葉が的を射ていると感じる.

何事かの事件によって絶命させられたのではなく,自然淘汰の結果,衰退したのだ.emacsは.

終わりに

rebuild.fmで「emacsを使っているのはemacs中毒だから」,と言う言葉があった.

確かにそうかもしれない.

しかし,「22世紀に3つ残っているとしたら?」という問いにはまた「xcode,と○○(失念した),,,emacs(vim),」と応えていた.

筆者は,emacsを使って本稿を書いている.

まあ,文章の推敲するぐらいなら,これ以上ない最高の"テキストエディタ"ではあり続けるのだろう.